カテゴリ:母のこと( 7 )

あれから1年が過ぎました。

今日は、都合で仕事を休み
みんなでお出かけしてきました。





お墓参りです。





母が亡くなって
今日でちょうど1年がたちました。
『春になったら・・・』


1年前の今日、会社で仕事中
「来たほうかいいかも」
との姉からの連絡で
母のいる施設へ向かいましたが
目の前の母は呼吸も落ち着いていて
なんらいつもと変わらないように思えました。



でも、本当は、私が来る前まで
肩から胸から波打つように
激しい呼吸をしていて
動かないように身体を押さえるほどだったそうです。



緊迫した周りの雰囲気とは逆に




「今日泊まる?」
「大丈夫じゃない?」
「ナルちんのご飯して、それから来るか?」
「それでいいんじゃない」



なんてのんきな会話をしてたっけ。


そんなやり取りを聞いていたのか
母は最期に大きな息を吐き

眠ってしまいました。






母の呼吸器を止めたのは
私たちです。



身体にまとわり付く
機械をはずしてもらって



人間のありのままの姿で
いて欲しい。


その結果が
どうなろうとも
これ以上頑張って母に苦しい思いをさせたくない。



母はもう充分頑張った。


そう、思えた私たちの判断はどうだったのか。
今でも
今でも
答えなんか出てきません。


でも


1年たって、自分の中で
言葉にすることで
先に進める気がして
こうして書いてみました。



今日はオックスの話や
保護犬の話は無しで
少し暗いですね。



ゆるして下さいね。






暖かくなったら、
暖かくなったら、

と、願い望んでいた春が来る前に
母はお空に逝ってしまったけれど



母が迎えられなかった暖かい春を
私たちはこれからも
しっかり、歩んで行こうと思っています。








このブログは保護犬たちの
預かりブログとしている場所なんで
自分の事を書くのもどうかと思いますが




でも
こうして1年に1回くらい
預かりとしてではなく
預かりをしている人として


真剣に母のことを考えてみるのも
いいのではないか?

と思っています。


今日のお墓参りには
母が大好きだったナルちんも一緒に行きました。



そして
この子


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仮宿に居候しているので
「一緒に来なさい」ってことで
付き合ってもらいました。



あっ!
先週、一周忌で親戚一同が家に集まった時
オックス君は必死に警備員してました。


それはそれは優秀な警備でした。


私たちの思いとは裏はらに
オックス君は本当に無邪気な性格です。



この話はいずれまた。






2月は私たちにとって
忘れられない月になりました。
by kyuuzou_u | 2012-02-24 23:48 | 母のこと | Comments(4)

春になったら・・・。

最近の私のマイブームは母に会いに行くこと。

癒されるんですね~。

ほとんど意識が無い母の耳元で、いい加減な「日本昔話」を話している時間が・・・

私の話では、かぐや姫はハイヒールを履いています。


「かぐや姫はガラスの靴を履いて王子様と一緒に月にかえりました」とさ。

って感じ。

面白いですよ。


*****

先週から、母の容態が急変し、おなかに作った口から胃液と胆汁が逆流し
臓器自体の働きが出来くなっていました。



多臓器不全。


母の状態はまさしくそうでした。


これ以上の延命処置は母が痛い思いをするだけであるのならば
このまま、にんげんらしくいさせてあげたい。

いわゆる、ターミナルケアです。

人間が人間らしく生きていられる残り少ない時間を母に与えたい。

裏を返せば、自分自身で答えの出せない母の人生の終止符を
私たち家族が決めてしまう事になります。


1頭でも救える命があるのなら・・・
とお手伝いしているここでのボラ活動とは
相反する選択をせざるを得ない状態に、思い悩む日々だったのですが

先日のいぬ親会会場へ行き
応援していた預かりっ子たちに次々と新しいご家族さまが決まり
預かりママさん達のうれしい報告を聞きながら
預かりっこの幸せのおすそ分けを頂いたようで
元気emoticon-0165-muscle.gif元気emoticon-0165-muscle.gifに!






*******

2月22日、母の介護はホスピス対応へ切り替えました。

母にまとわりつくチューブやら点滴の針やらがきれいに取り除かれ

久しぶりに丸裸の母に会うことが出来ました。


腕も足首も胸もあざだらけで、栄養が取れない母の身体は
骨と皮ばかりです。

決してグラマーではないけれど・・・・

それでも、ありのままのにんげんらしい姿がそこにはありました。




2月22日。髪の毛をとかして、顔を拭き、爪を切りました。

2月23日。職員さんが身体を拭いてさっぱりしたようで、ぐっすり眠れたみたいです。



春になったら、桜を見に行こう。
春になったら、お日様をあびてお散歩しよう。
春になったら、でたらめ昔話をたくさん聞かせてあげよう。



春になったら・・・


楽しい計画がたくさんあります。
想像するだけでわくわくします。








今日の内容は動物保護や、預かりっこの話は無しなので
ちょこっと暗いですね。
許してくださいね。








春になったら・・・
私も、きっと元気になっています。









2月24日。



体重を計ったら25キロしかありません!
メタボ検診は絶対クリアできる軽さです。




春になったら、花粉のことは忘れてお散歩しましょ!

春になったら、ナルちんをひざに乗せてお外に出ましょ!

春になったらと
思っていたのに・・・・・。





母は、



昨日・・・






お空に逝ってしまいました。
by kyuuzou_u | 2011-02-25 03:14 | 母のこと | Comments(18)

何気ない話なんですが・・・

まったく個人的な話です。
つまらない話なんで、スルーしてもらって構いません。
(写真と文章はあっていません、念のため・・・)



今日は「勤労感謝の日」という事で、
自分で自分の勤労を感謝しに
私のパワースポットに行って来ました。



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行った先は、もちろん




母のところ・・・


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実は、先月10月26日、
遺ろうチューブを取替えに病院へ行った翌日
血液中の酸素濃度が低下し
一時、危篤状態に陥りました。





それこそ、何年も会っていない親戚一同が狭い病室に集まりましたが、
奇跡的に回復し・・・・
(危篤患者の前でする張り詰めた空気がまったく無い、ゲラゲラ会話に、
本人も先に逝ってはいけないと感じたのかもしれません!)

でも、

今は一般病棟へ移り、安定した状態が続いています。





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今日は、入院後初めて入浴許可が出てたので (きゃーうれしい~)
その後のお手入れ(?)をしに病室へ入ったのに



ぐっすり寝てるもんでね~





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この、穏やかな寝顔を見られただけで
明日もしっかりお仕事できそうです。








年末になって、喪中はがきを急いで書くなんて嫌だかんね~(笑
ばぁ様・・・あと少し、後少しでいいから、私に元気を下さいね。







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今日は・・・
泣きそうなくらい鮮やかな
夕焼をみました。
by kyuuzou_u | 2010-11-24 01:41 | 母のこと | Comments(2)

「気をつけてね・・・」

今日は、日曜日。
天気もいいうちに、ジャングルと化した庭の草刈りをしました。
本当に手入れもせず、放置したままだったので、草ぼうぼう~~

あんまり、お粗末な庭なんで、写真はパス!!
でも、ちゃんと、この子達はきれいに咲いてくれました。
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もう秋ですね^^



今日は、母の所へ行ってきました。
以前は、そばにいる間、子供用の絵本持参で、読み聞かせしてたんですが・・・・

今日は、持って行くの忘れてしまい、うる覚えの「桃太郎」なんぞ・・・・
アドリブでお話しました。

だけど、覚えてないものですね。「日本昔話」!!


「昔むかしあるところにおじいさんとおばあさんがいました」
「おじいさんは川へ洗濯に・・・」
(この時点で間違っとるがな~)

「おばあさんは山へ芝刈りに・・・」 「あれ?」

「桃太郎はお供の猿・キジ・鳥・イヌ?を引き連れて、鬼を退治に鬼が島へ行って、鬼を懲らしめてきました」
(鳥とキジ?)

この時点で、ロビーにいた人の笑いが絶好調へ!!

最後は
「めでたし。めでたし(^^)v」

ちゃんちゃん!!でおしまい。


このいんちき昔話。聞いてた職員さんには、かなりうけたけどなー。

今度は、ちゃんと、覚えてからお話しましょっ!!

部屋に戻って、ラジオのスイッチからはNHKのど自慢大会がやってたので、耳元で聞かせているうちに
私もウトウト・・・・・

またしても、夢の中~~


今日は、のんびり出来ました。
帰りがけ、何気なく、母に「また来るね」と一言。





母「ごーごーごっ!!」



私「えっ?」



母「ごーごーごっ!!」


私には確かに聞こえました。
母の言ってる言葉が。









「気をつけてね・・・」









今日は、本当にのんびり出来ました。





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ナイ!!

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by kyuuzou_u | 2010-09-26 23:58 | 母のこと | Comments(0)

母の娘であること。

日曜日の今日、母の所へ行って来ました。

先月、施設へ入所したばかりのころは、高い熱が続き不安定な状態の中
「あーまた、入院かな?」
なんて思っていたのが、嘘の事のように、
今は、穏やかな表情へと変わり、母が母らしい毎日が戻ってきたようでうれしく思っています。


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毎回、思います。

たくさんのお世話が必要な人たちを、ここの職員さん達は、一人の人間として扱ってくれています。
当然のことの様に思えますが、中にはどうしても・・・
人手不足により、そういった対応が充分出来ない所もあると聞きます。


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人間の尊厳。
(・・・らしくない程、難しい言葉だしちゃいましたぁ~☆)

母が、いち介護者ではなく、ひとりの・・・人間であること。
母が母らしくいられること。

穏やかな毎日を過ごしている、今の母の状態をを支えている、職員の方達に
私は、感謝の言葉しか出てきません。

「ありがとうございます」
心からそう言いたいです。



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今日
ひさしぶりに、母の笑顔を見ました。



**********************************************

だから・・・・



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今日も、ナルはお留守番。
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1日しか休みがなかったから、また遊びに行けなかったね。
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でも、来週。
ドライブ、行こうね~~
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                     ドライブつれてってくれる?
by kyuuzou_u | 2010-08-29 23:28 | 母のこと | Comments(0)

涼かけ祭り

今日は、2回目の更新です。

行ってきました。



「涼かけ祭り」
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母の入所している施設の盆踊り祭りです。
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少し前まで、熱が高かったので、楽しめないかな?と思ってましたが
今日、すっかり回復し
本人・・・なんだか楽しそう☆☆

これはもう、行くしかないですね♪♪


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こんなアトラクションも。

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沖縄舞踏。


初めて観ました。なんとも言えない厳かな雰囲気!!
うーん。しばし観覧です。
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母の介添えでしたが、
私、すっかり楽しんじゃいました( ´艸`)
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最後まで楽しんだ後は
お部屋に戻って
Zzzzzzz~~
お疲れ様。ゆっくり寝ようね。

しかし、毎回思う事ですが、施設の職員さん達の心遣い、気配り・・・・
本当に感心します。

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入所者のすべてを把握しているようで、ひとりひとりに声かけして
確実にその人から笑顔を作り出してくれています。
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今まで表情を出す事をしばらくお休みしていた
母さえも、、うなずき返してくれるまでになりました。

言葉で説明すると簡単に聞こえてしまうけど
これってかなりすごい事。

ありがたい。うれしい。

今はただ、感謝の言葉しか浮かびません。

ありがとうございます。
今日は、とてもうれしい1日になりました。
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んで、

留守番をさせられたナルです。
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ピトピト・・・ひっつくひっつく(笑)
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ストーカーぶりもかなりのものです(笑)
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大丈夫。明日はきっちり遊ぼうね。
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やくそくしてね・・・

はい!!分かりました。
by kyuuzou_u | 2010-07-31 21:35 | 母のこと | Comments(2)

生きるということ。

今日は、ごくごくプライベートな事を書きます。



ナルのこと。
動物保護のことで関心があって、このブログに遊びに来て頂いたのであれば
今日は、このままスルーしてもらった方がいいのかもしれません。

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ナ:えぇー。そうなんだ・・・








「100-7」はいくつですか?
これは脳梗塞の発作から、意識が戻った母に、
看護婦さんが聞いた問いかけでした。


脳梗塞事態はごく軽いものでしたが、動脈硬化が進んでることで
小さな血管のダメージがひどく、左半身の不自由は避けられませんでした。

もともと視覚で重度障害があり、さらに後遺症も伴い、リハビリも思うようでなく
退院後は、事実上、自立不可となりました。

ここから・・・
姉と私の、母の身体介助・・・・
また、その後訪れる、長い、本当に長い介護生活の始まりでした。

ちょうど20年前、平成2年の夏の事です。


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当時私達は二十歳そこそこ。
半日前まで元気で、ニコニコしていた母のあまりに変わり果てた姿を
なかなか、受け入れることが出来ません。




何より、前年に父を亡くし、やっと落ち着いた矢先の出来事でした。





それでも母は頑張っていたと思います。
着替え、食事はもちろん、自分が出来る範囲で「家事」を行い
元気になった姿を見せてくれてたと思います。
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自立歩行も困難となり、車椅子生活になっても
私達は出来るだけ外へ連れ出し、旅行や花火大会にも連れ出したっけ・・・


平成9年に介護保険法が制定され
今でこそ、家族を介護するという意味が世の中に知れ渡っていますが
それ以前は、どんなケースであろうとも
「家族を看病する」というひとくくりで済まされていた様に思います。

具合の悪い母の介護の為に、仕事を休まなくてはならない状態が続いても・・・です

周りに理解してもらう事に、大変な労力を費やした事、いまさらながら思い出します。




それから
私達が介護サービスを利用したのが、平成13年4月。
当時の認定は要介護2。まだまだ軽いもんです。

そう思うと、当時からお世話になってるケアマネージャーとは10年近いお付き合いになるんですねぇ。
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介護記録のごく一部です。

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はっはっは!! 「元気あります」かぁ~(笑)
これも、ディサービスでの作品のごくごく一部。


ケアプランも万全で、生活リズムも安定し、少しハンデがあっても
穏やかな毎日を過ごしていたんですよ。

けれど、長い年月を重ねる中で、緩やかに、
でも確実に、母に変化が見られるようになりました。


①立位、座位、歩行に介助が必要にも関わらず、動き回り結果転倒する。
②排尿・排便の意識が無く、自身の体が汚れている事に気づかない。
 また、汚れたまま、動き回り、部屋中、壁中汚れを付けまわる。
③不眠・不安。
 夜の眠りが浅く、昼夜の区別がつかない。
④食事の飲み込みが悪く、吐き出してしまう。

それがどんなに工夫を重ね、、
やわらかくし、きざみが無理なら、極きざみにしたり、ミキサー食にしたりしてさえ
吐き出すのは一瞬でした。


また、帰宅し、玄関の入った瞬間から気づく、異様な匂い。
壁中にこびりついた排泄物の汚れ、便器の中のテッィシュの山。
転倒したときに出来た、体中の痣。


最初は何が起こっているのかわからず、悪い冗談で、本当にふざけているのかと思っていたんですよ。



でも、それが現実であって、
悪い夢でも、冗談でもない事に気づくまでそんなに時間は掛かりませんでした。





片付けながら、母を大きな声で叱咤し、罵倒を浴びせた事もあります。
さすがに女なんで、暴力という行為はありませんが
言葉の暴力・・・・は正直あったのかも知れません。



悔しかった。


情けなかった。


そうしてしまう自分が許せなくて・・・後悔ばかりの毎日を送っていました。



でも、一番悲しい思いをしたのはやっぱり母本人です。

「何でこんなになったんだろう?」
「分からない。覚えてない」

母がよく口にしていた言葉です。



壁中の汚れもからだの汚れも、一生懸命掃除して、自分ながらに片付けも終わって
誰にも気づかれないと思っていたのに、何で分かったのかな?

ちゃんと掃除したのに、何で叱るんだろう?何を怒ってるんだろう?



当時の母の疑問だったに違いありません。



母の辛さは痛いほど分かります。
頭では分かっているんです。

でもね、そこに感情が入ってしまうと、どうしようもない怒り、苛立ちを抑える事が難しい。
そんなぎりぎりの精神状態でした。


これは、口にこそ出しませんが、
姉も、同じ思いをしていたことだろうと思います。
なにせ、私より帰宅時間が早いため、実際の片付けは姉がほとんどやってくれたことです。
私以上に、もしかしたら母以上に辛かったのではないでしょうか。



そんな様子を察知し、当時からお世話になっているケアマネが
介護プランの全面見直しを提案してくれたのはこの頃です。



「個人的な意見ですが・・・」
と前置きのあと、特別養護老人ホームの入所の提案を頂き、
色んな意味で躊躇している私達に対し

「もう充分やれる事はやっていたのでは・・・
この後は、専門家に任せても誰も責めませんよ」


ケアマネージャーとは、介護支援専門員とも呼ばれ、要介護者のケアプラン作成を行い、介護サービス実施後のチェック見直しを行う専門家です。
その作成の役割を担うのがケアマネージャーです。


本当はこの提案事態ルール違反だったのかも知れないですね。
だからこそ「個人的な・・・・」と前置きがあったんだと思います。


でもね。
この言葉。この意見。
どんなに私達が救われたことだったのでしょう。


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平成20年2月。
この時点で、介護認定は要介護4。
そして、変更したケアプラン。

月  →ディサービス
火・水→姉在宅
木  →訪問看護、ヘルパー(午前・午後)
金  →ディサービス
土・日→私在宅
他、月1回、ショートスティ(不定期)

すごいですね。芸能人並みのスケジュールです。


それでも、それでも
どうしても母が独居となってしまう時間があり、そんな綱渡りのような生活の中。
母は転倒し、骨折しました。

右大腿骨頚部骨折。

母に下された診断です。
お年寄りの方におきやすい、決して珍しいケガではないけれど
自由の利かない人が骨折をしたら、それだけで致命傷になる事もあります。




ちょうど1年前。平成21年7月の事です。




「介護」という言葉がどこまでの範囲を言うのか分かりませんが
本格的という言葉が適当であるなら、
このとき以降がまさしく本格的な在宅介護の始まりだったのかもしれません。



そうは言っても・・・
異常行動が見られたけれど、それ以前は、室内であれば何とか移動も出来たし
会話も、意思の疎通も可能でした。


今思えば、一人で移動できる環境にしたままだったのがいけないかったんですね。
今となっては、どうすることも出来ませんが・・・・


骨折・手術と続く中、寝たきり状態が続く母の身体はみるみる衰弱し、やがて無表情となり
言葉を発する事も無くなって行きました。

また、排泄はオムツ使用の全介助。

食事についても同様で、口からの摂取も困難。


急性期の病院の為、ケガが完治した後は即退院。
在宅での看護、介護となりましたが
動けない分、ケガの心配はないし食事も自宅であれば時間をかけて食べさせる事が出来る。
何より、自宅に戻ってきた事が嬉しかった。


在宅介護にあたり、寝たきりにならない様、室内用のコンパクトな車椅子も準備し
2階にあったベットもリビングに移動させ、常に顔を見て話しかける事で、
だんだん母に表情が出てきた時の嬉しさ、喜びは
今でもはっきり覚えています。


それでも日一日と後退していく様子をまのあたりにし、
言い尽くせない寂しさ、悲しさは消せません。


その後再度ケアプランの見直し。

フルタイムで働く私達がいない間の時間は、ヘルパーさんたちにお願いして
母の介護計画の仕切り直しです。

月火は姉が在宅。
土日は私が在宅。


でもね。
休みの日でも、どうしても済ませなければならない用事もあるし
買出しだってしないといけない。
当時、オムツは役所からの補助で宅配が可能でしたが
そのほか、おしりふき、尿パットなんかすぐなくなってしまって
いつもいつも、ドラッグストアで大量買いしてたっけ。
今も、ついつい
「あっ、、買わないと・・・・」
なんて思い出してしまって(笑)
ちょっと嫌な癖になってますね。


姉の休日も同様で
例え、休みの日でも介護に追われる時間が大部分で、ほとんど自分の時間というものがありません。

でも、ここに書いた事、どんな人にも当てはまる事だと思うんですよね。
仕事をしながら子育てもして、立派に主婦してる方がたくさんいます。

私達家族のこの一連の流れも、我が家のライフワークなので、それ事態は苦痛とは感じません。

ただ違うのは、それが自分の母である事。

親から受けた無償の愛はそのまま、自分の子へ捧げるべきと思っています。
ただ、子供のいない私達が、今、出来る事は、
大きな子供に帰ってしまった母の世話をする事。
自分に子供がいたら、してあげる事を、母にすることで、少しは恩返しになっているのでしょうか?


いつまで続くのだろう?

いったい、いつになったらゆっくり寝られるんだろう?

そんな自問自答している最中でも、母の介護の手を止めることは出来ません。
きっと本当にぎりぎりの精神状態だったんだと思います。




このまま・・・
寝ている母の口を塞いだら
呼吸もとまって、それでおしまいになるかもしれない。



本気でそんな気持ちがよぎった事もあったかもしれません。



今年に入り
以前、申込みしていた特別養護老人ホームから
「待機1番目」の連絡があり、
健康診断、面接、契約とトントン拍子に話が進み2月23日入所する事になりました。


そこは、母がはじめからデイサービスを利用していた施設で
元気な時の母の状態も知っている気心の知れた場所です。

その2週間後。
施設から、母の具合がよくない連絡を受け、急遽入院。

診断は誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)。

肺炎自体は抗生剤で回復しましたが、とうとう、口からの栄養摂取が不可能となり
胃ろう造設処置となりました。

母が入所した施設の条件では、胃ろう処置の対応が4床までで、すでに全床埋まっている為
胃ろうになった場合、受入れが難しいとの事。
つい2週間前に説明を聞いたばかりでした。

その時は、まさかこんなに早く母の身に起こるなんて思っても見ない為、漠然と聞いてた私達がいました。

選択は2つ。
①一度退所し、胃ろうを条件に再度入所申込みをする事。
 その際、初めからのやり直しの為、順番がいつになるか分からない事。

②胃ろうを造ったとしても、口からの栄養だけで過ごす事。
 その際、無理な摂取をさせず、緩やかに最期を看取る事。

在宅介護に戻してもいい。
でも、胃ろうとなると・・・・・

母の為、私、姉のどちらかが仕事を辞めなければいけない。
そうなったら、生活の糧を失い、共倒れになってしまう。



私は、母の介護に対して人前では決して涙を見せませんでした。
ましてや同じ思いを共有している家族の前で泣いたところで、何も解決しないから。



ただ、この選択肢を問われたとき。
いいよう無い感情で、こみあげてくる涙、、、止めることが出来ませんでした。


「看取りの介護」って・・
母自身の死さえ、子に選択させるのか・・・・!!!


嗚咽している中
初めて、本当に初めて・・・
母を恨みました。



現在私は、
理解ある会社と、信頼できる仕事仲間に恵まれ、介護休暇をとっています。

母はといえば、誤嚥性肺炎が完治し胃ろう処置を済ませた後は一事自宅に戻りましたが
少し感染症を患い、現在は、他の病院に入院しています。

やっぱり看取りの介護は、私達には選択できませんでした。

でも、つい先日先程の施設から、
入所の用意が出来たと連絡があり、退院後そのまま入所できそうなんですよ。


行ったり来たりしましたが、私達の介護生活もそろそろ終わりに近づこうとしているかも知れません。

この先の母の人生がどのぐらい残されているのか分かりませんが
母の生きてきた軌跡、人生の集大成、しっかり見届けようと思います。


私達、もう少し、母の娘でいようと思います。



最後に、
ここまで私達家族を支えてくれたケアマネージャーさん。
いちばん、恥ずかしい部分を嫌な顔せず、介助してくれたヘルパーさん達。
そして、当初から利用させてもらい、今回入所するまで大変なお手数をかけてしまった
施設相談員のNさん。

公私共にお世話になってしまった。会社の上司。
忙しいのに長い休みを貰う事、理解応援してくれた会社のみんな。

感謝しているのヒトコトでは済まされないくらい嬉しかったです。

本当にありがとうございました。
私は明日から、仕事完全復帰します。がんがんいきますよ~覚悟してください!!!
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ナ:長くってねむいよ~



大変長い内容になりました。
最後まで読んでくれた方がいたなら、本当にありがとうございました。


さぁ~ビール飲もう!!!emoticon-0167-beer.gif
by kyuuzou_u | 2010-06-30 23:09 | 母のこと | Comments(6)

ちばわんの保護犬たちの預かりブログです


by kyuuzou